4 No.2021日本理化学器械株式会社 沿革谷尾八百吉が福島県本宮町より上京、東京市南品川南馬場の村井友治郎の理化学医療用玻璃器製造所に入職 東京市本郷弓町2丁目に内外硝子製作所にて谷尾八百吉・柴田正氏・弘氏兄弟と他数名で理化・医療用硝子器の製造を開始 谷尾八百吉が東京都本郷区湯島5丁目において理化・医療用硝子細工所「谷尾製作所」を創業硝子製造同業組合第二部会幹事・東京警視庁工場協会理事に就任東京市本郷区本郷1丁目1番地に移転(現在順天堂大学附属病院)製造部及び製品開発部を設置農林省滝野川農事試験場を含む全国の農事試験場の特殊分析硝子器具を製造販売森川・三東製作所・谷尾製作所の3社提携により、谷尾製作所を第一工場として帝国陸海軍の軍事指定工場となる 第二次世界大戦の東京大空襲において谷尾製作所を焼失、北海道に疎開移転谷尾八百吉は東京大学名誉教授三井進午氏の推薦と、北海道大学名誉教授石塚喜明氏の懇招待により、北海道大学農学部内に硝子加工室を開設、嘱託として勤務創業者谷尾八百吉の次男谷尾和彦が札幌市北区北15条西4丁目15番地にて、日本理化学器械製作所を設立 谷尾八百吉が文部省・文部技官に任命される(昭和54年6月北海道大学・農学部技官を退任)日本理化学器械製作所を法人化し「日本理化学器械株式会社」に改組、谷尾逸於が代表取締役に谷尾和彦が専務取締役に就任札幌市北区北15条西3丁目32番地に硝子加工工場を建設、(共通すり合わせ硝子器具を製造)役員改選 代表取締役谷尾逸於退任、専務取締役谷尾和彦が代表取締役に、谷尾カホルが専務取締役に、谷尾八百吉は相談役に就任東京営業所を開設(東京都文京区西片1-11-13)硝子器具の研究開発のため東京中野工場を新設(東京都中野区鷺宮5-14-5)吸引・吐出用のエアーポンプ(ダイヤフラム製)UP2型を発売高分子の新素材で新しいチューブの研究開発に着手NRKグリースレス透明ジョイントの硝子器具を製造販売耐薬品性・耐熱性に優れた「ユニチューブ」を新発売販売拡充のため全国地域にNRK販売ネットワークを構築耐熱性に優れたユニストッパー(栓)(合成ゴム:シリコーン+PTFE)を開発・販売東京都板橋区板橋に日本理化学器械株式会社企画室を開設札幌市北区北15条西4丁目15番地にNRKビルを建設東京都文京区西片1-13-11に商品管理センターを新設業務拡張に伴い東京都文京区後楽1-7-12に本社および東京営業所を移転JIS規格、工業・工場排水試験に定めるガラス製品を規格化板橋区の企画室を東京都文京区小石川2丁目に移転し企画本部を設置創業者の谷尾八百吉が名誉会長に就任(昭和61年3月他界)NRK総合カタログNo.1981を発刊創業60周年の記念事業として厚生クラブを新設粉体等の多目的濾過用の合成繊維フィルター(ナイロン)を販売開始 西 暦和 暦1916 年大 正 5 年 1 1 月1919 年大 正 8 年 5 月1922 年大 正 1 1 年 1 0 月1931 年昭和 6年 4月1937 年昭 和 1 2 年 9 月1942 年昭 和 1 7 年 3 月1944 年昭 和 1 9 年 7 月1945 年昭 和 2 0 年 3 月1946 年昭 和 2 1 年 4 月1949 年 昭 和 2 4 年5 月1949 年昭 和 2 4 年 6 月1958 年昭 和 3 3 年 3 月1962 年昭 和 3 7 年 1 0 月1964 年昭 和 3 9 年 3 月1965 年昭 和 4 0 年 1 1 月1967 年昭 和 4 2 年 9 月1969 年昭 和 4 4 年 3 月1 1 月1970 年昭 和 4 5 年 9 月1 1 月1971 年昭 和 4 6 年 9 月1 0 月1972 年昭 和 4 7 年 8 月1973 年昭 和 4 8 年 9 月1974 年昭 和 4 9 年 3 月1976 年昭 和 5 1 年 3 月1977 年昭 和 5 2 年 4 月1978 年昭 和 5 3 年 1 2 月1980 年昭 和 5 5 年 5 月1981 年昭 和 5 6 年 4 月1982 年昭 和 5 7 年 1 0 月1986 年昭 和 6 1 年 4 月沿 革
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